通名報道の何が悪いの


犯罪報道で通名が使われるのは、どう見ても特権じゃないかという主張がある。

http://www.youtube.com/watch?v=y1h1I0KLn5M
http://www.youtube.com/watch?v=Vl992k70teQ
http://www.youtube.com/watch?v=P2LXoHLcZpc
http://blog.livedoor.jp/samuraiari/archives/51211746.html
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/51738858.html


逆である。


日本人である田中太郎氏が下着を盗んで捕まった、と報道されたら、もちろん田中氏は面目を失う。
家族も友人も同僚も、あらゆる人間関係に壊滅的打撃を受けることになる。


じゃあ在日韓国人のキム氏が逮捕されたらどうなるか。
通名が「金子三郎」なら「金子三郎氏、下着を盗んで捕まる」と報道されるだろう。
そうすると、金子三郎という名前で作り上げた家族友人同僚といった人間関係が破壊されることになる。
通名が金子三郎なら、人間関係も金子三郎として形成されているからだ。(違うというなら、「通名が社会で通用している現状は不当だ」という説と矛盾する)
つまり、通名報道で受ける不利益は日本人の本名報道と同じである。


逆に、通名でなく本名で報道したらどうなるか。
これ、本人にとってはラッキーである。
キム氏=金子三郎だと知る人は、少ない。せいぜい身内と親しい友人だけだろう。(多いというなら、「在日は本名を隠していて不当だ」、という説と矛盾することになる。)
「キム氏逮捕!」と報道されたら、自分とは無関係なキム氏が逮捕されたということになり、金子三郎氏は自分が逮捕されたことを知人に知られずに済むことになる。


通名批判している人たちからすれば、むしろこっちのほうが都合悪いんじゃないの?

じゃあ通名と本名まとめて報道すればいいって?
それって日本人以上にプライバシー開示を求めることになるわけで、「平等」に反すると思うんだけど。
いったい君らの求める平等ってなんなのん?



と書いたけど、法学畑からは上の問題は瑣末なもので、もっと大事な問題がある。
それは、犯罪報道が本来の目的を離れて事実上有罪判決並みの破壊力を持っているということ。

そもそも、実名報道は被疑者のためというのが建前。
大昔は権力に都合の悪い人たちが夜中に拉致られてそのまま行方不明なんてことがザラにあった。
だから、近代法では、誰が、誰に、どんな根拠で、どこに、いつまで身柄を拘束されるかを透明化している。捜査機関が好きに身柄拘束できるのではなく裁判所の審査を経なきゃいけないとか、弁護人の接見権がその現れだ。*1
裁判も同様で、よっぽど法廷の秩序を乱すとかの問題が無い限り公開が原則とされている。*2
これによって、国民が捜査機関が適正な手続きを踏んでるか監視できるようになっている。
このように、誰が何ゆえに身柄拘束されたか、というのは、拘束された被疑者自身のために公開されるべき情報なのである。

ところが、現実には逮捕=犯罪者という通念が極めて強い。
確かに、検察も警察もよっぽど自信が無い限り逮捕には踏み切らない。そのため有罪率99%*3にも達するものだから、報道する側としても逮捕=ほぼ確実に犯罪者と認識するのだろう。*4

といっても、裁判の公開が被疑者自身のためであることは上の通りで、野次馬根性で見世物にするための制度では決して無い。*5
まして、有罪扱いすることはあってはならない。被疑者は裁判で検察官と対等に主張立証を尽くす地位が保証されていて、有罪判決が確定するまでは全くの無罪として扱われるのが大原則なのだ。

だから、正すべきは報道の時点で犯罪者扱いするという現状の社会通念や適正手続担保に不必要なぐらい過剰に報道する現状であって、通名か本名かは正直どうでもいい話なのだ。


こう思うんだけど、空論ですかねえ。

*1:これらは法律よりも上位の憲法で保障されている。33条の司法官憲というのは古い用語で、今で言う裁判官のこと。裁判所は検察とは独立した立場から検察の逮捕状や起訴までの時間制限の審査をしたうえで令状を発布している。その際、身柄拘束するに足りる嫌疑を示す証拠だとか、拘束する場所だとかが決定される。憲法 第33条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。 憲法 第34条 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。刑事訴訟法 第199条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる 刑事訴訟法 第200条 逮捕状には、被疑者の氏名及び住居、罪名、被疑事実の要旨、引致すべき官公署その他の場所、有効期間及びその期間経過後は逮捕をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。

*2:憲法第82条1項 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。

*3:犯罪白書11ページ目無罪率参照 http://www.moj.go.jp/HOUSO/2008/hk1_1.pdf

*4:特にZAKZAKあたりだと明らかに全国報道するほどの価値の無い猥褻関係を本名や顔写真つきで載せる。最低と言っていい。

*5:普通の役所では滅多に中まで入れないのに、裁判所だと金属探知機を通るだけで名前も住所も書かずに誰でも傍聴席に入れる。これは、裁判の公開という保障がいかに重大かという表れだ。