三菱UFJの顧客情報流出って背任罪で起訴できないの

三菱UFJ証券の例の事件

電子データは「財物」にあたらないと解釈されている。このため今回の問題で部長代理の刑事責任を追及しようとしても、窃盗罪(懲役10年以下または罰金50万円以下)や、業務上横領罪(懲役10年以下)を適用することは極めて困難とみられる。
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/mnews/20090410-OYT8T00289.htm

情報は刑法で定める「財物」に当たらず、元部長代理は持ち出したCDも返却していることから、警視庁は窃盗罪での立件は困難とみている。不正アクセス禁止法違反の罰則は1年以下の懲役または50万円以下の罰金と比較的軽いため、ほかに該当する罪がないか検討している。
http://www.asahi.com/national/update/0411/TKY200904110233.html


記事の説明
現行法では、窃盗罪や業務上横領罪の客体は「有体物」に限られている。*1
要するに、PCのデータを頭で覚えて持ち出しても、自分のUSBメモリにコピーして持ち出しても、窃盗罪にはならない。俗称、情報窃盗。
「それって形式的すぎるじゃん」というのが常識的な感覚だけども、これぐらい厳格に解釈しなきゃならないというのが法律学のルールになっている。これを罪刑法定主義と言う。
だから、「財物」という文言を「情報」に広げて解釈してはならないことになっている。*2

じゃあ他の罪が成立しないかな、不可罰だとあんまりだよね、というのが記事の趣旨。


法的にはどうなのか

結論:背任罪*3が成立する
理由:委任を受けて他人の事務を処理する者が、私腹を肥やすためだとか、委任した人に損させるために委任の趣旨に反することをし、損害を発生させたたら、背任罪が成立する。*4
今回、この部長代理氏が会社との雇用契約に基づき*5、仕事をこなしている者であることは明らかである。また、売却目的での個人情報の持出しが任務違背にあたることも明らかである。
また、売りさばいてカネを得る目的だったのだから、図利目的も認められる。
ゆえに、背任罪が成立する。
と思うんだけど、なんで記事では触れられていないんだろう。警視庁も検討していない。
不正アクセス禁止法で起訴する方針というけど、この法定刑は記事にあるように最大1年の懲役。
背任罪は、最大5年。重くしたいならこっちでの立件を目指せばいいんじゃないのかい。


もしかしたら、「損害の発生」という要件の立証が難しいのだろうか。
まだ顧客の損害賠償請求訴訟も起きてないようだし、悪用による被害算定って確かに難しそうだよね。


法改正をなすべきか

情報窃盗を罰する刑の創設には反対。
背任罪の特殊類型として情報の軽重で刑を加重するのも反対。
理由は、盗まれた情報の価値の高低は一義的に判断しにくいから。

刑を創設するということは構成要件を新たに設けるということだけど、構成要件として情報窃盗を定義することは難しい。

「でも、実際の裁判では傷害という擦り傷から失明まで含む幅広い概念を裁判所が好きに判断してるじゃないか」と言われるかも知れない。

それは、「傷害を引き起こした」という事実を前提として上での量刑評価の段階での問題。
傷害の発生という前提部分は、かなり客観的だから容易に認定できる。軽重は量刑段階で判断すればいい。
ところが、「高い情報を盗んだ」を構成要件とすると、これに該当するか判断が難しい。犯罪が成立するか自体の判断が難しい。
構成要件というのは、何をしたら刑罰が課されるかという、予告機能を有している。
だから、出来るだけ判断が容易でないといけない。
だから、「高い」という価値判断の別れるような概念を盛り込むことは、出来るだけ避ける必要がある。*6


じゃあどうするかというと、構成要件はそのままで、法定刑の上限を重くすればいい。
背任罪の上限を10年にすれば、今回ぐらいの大規模な流出にも見合った刑が科せられる。


ただ、これでも問題が残る。1ヶ月〜10年の幅があって、どれだけの情報でどれだけの刑を対応させるべきか。
傷害罪も擦り傷から失明まで幅広いものだから1ヶ月〜15年と幅広い法定刑が定められている*7けども、これは被害の程度に軽重を付けることも可能だし、おそらく判例の蓄積で量刑の相場というものが確立している。だから、裁判所に量刑を任せてもそうそう偏った刑が宣告されることはない。

ところが、情報の軽重は、例えば人名の個数、要素数、新規性、市場での有用性、などなど、ナニを考慮要素に入れてどう評価していいやらわからない。

どうすればいいんだろうね。

*1:「財物」=有体物、と理解されている。これを他人の占有から自分の占有下に移せば、窃盗罪になる。自分の占有する物を領得するのは、窃盗ではなく横領。刑法235条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。 刑法252条  自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。

*2:簡単な条文だけど、刑罰法規は明確じゃなきゃいけないよという趣旨も含むものと理解されている。憲法31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

*3:刑法第247条 他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

*4:会社の役員だとかの義務違反だと、これより重い特別背任罪になる。ただの背任罪と法定刑を比べてみよう。 会社法960条1項 次に掲げる者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は株式会社に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、当該株式会社に財産上の損害を加えたときは、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。(略 取締役等)

*5:派遣や外注かもしれないけど委任・背任の事実は変わらない

*6:民法会社法といった取引法が、「著しく」「重大な」という文言を多用しているのとは対照的。

*7: 刑法204条 人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。